2012/10/04

日垣隆「ダイオキシン猛毒説の虚構」が国会で取り上げられた時の議事録

日垣隆氏による記事「ダイオキシン猛毒説の虚構」が国会でとりあげられるということがあった。この時、専門家はその記事を肯定的にはとりあげなかった。日垣氏はそのことを著書で扱っているのだが、日垣氏が紹介する議事録の内容と実際の議事録に違いが見られる。この記事ではその違いについて指摘する。

日垣隆著『敢闘言―さらば偽善者たち』(1999年、太田出版)の37~38ページ(初版)に以下の記述がある。

 私のルポが国会でとりあげられ、専門家四人が長々とコメントを加えるという場面があったのだが、他の三人が要するに「敵ながら痛いところをつかれた、心したい」と答えざるをえなかったのに対し、一人だけ環境総合研究所の青山所長という人が私を罵倒しているのである。国会での議事録を私に見せたのは、その所長の腰巾着記者だった。おまえは、こんな取材をしているのか、と難じて私に見せたのである。所長さんは、日垣の自分に対する取材方法がいかに醜いものだったか、大金を積んで資料を買い取るからおまえたちは黙れと言われた、とまで「証言」なさっていた。そんな卑劣な男の書いたルポは読むに値しない、と国会で吐き捨てるように断じている。

これは当該書籍の第1章「ダイオキシン猛毒説の虚構」(初出:文藝春秋 1998年10月号)という記事を収録するにあたり、付記として書かれた文章である。

日垣隆氏の記事が国会で取り上げられ、日垣氏はその議事録を見た、とのことだ。

国会の議事録は国会会議録検索システムというものがあり、簡単に検索できる。当該の発言は第143回国会 衆議院 環境委員会 4号 平成10年(1998年)10月2日での発言であることがわかった。以下はその議事録へのリンクと、青山貞一氏が日垣氏について発言した箇所の引用である。

第143回国会 衆議院 環境委員会 平成10年10月2日 第4号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/143/0378/14310020378004a.html

○青山参考人 青山です。
 日垣さんの論文を私も読みました。実は、日垣さんがそれを書く前に、私に取材を申し込まれてきました。日垣さんは、私の持っているデータを譲ってくれ、売ってくれとまで言いましたので、そういうものは売るもの、譲るものではなくて、自分の足で、環境庁であれ所沢であれ、行ってくれということでしたけれども、その一カ月半後ぐらいにそれが出ました。七十冊の本を読んだと書いてあります。何らかの意図があってそういうことを書かれたのかどうかわかりませんが、私は非常に、それもえらい稚拙、拙速な論文だと思っています。

この後、別の記者(横田一氏)の話に一旦移る。上の発言は「記者が記事を書く上で根拠となる資料・情報・データをシンクタンクに求めるのではなく、自分で現地を取材したり、元のデータを入手しなさいよ」ということを言っているのだと私は理解した。

そして日垣氏が書いているような「大金を積んで資料を買い取るからおまえたちは黙れと言われた」というような発言は見当たらない。また、「そんな卑劣な男の書いたルポは読むに値しない」というような、日垣氏を「卑劣」と非難する発言も見当たらない。

また、日垣氏は「専門家四人が長々とコメントを加える」『他の三人が要するに「敵ながら痛いところをつかれた、心したい」と答えざるをえなかった』とも書いている。この「他の三人の専門家」とは井口参考人・林参考人・千葉参考人であろうが、彼らの発言のどこが「敵ながら痛いところをつかれた」と解釈できるのか、私には理解できなかった。

この付記の冒頭(37ページ)には

このルポは「文藝春秋」九十八年一〇月号に掲載され、ハングル誌や英字誌にも翻訳転載された

という記述もある。まずは英字紙を探してみたが、これも見つからなかった。せめて雑誌名を、できればいつの何号なのか書いておいていただきたい。

 

注記

同名書籍の文春文庫版『敢闘言―さらば偽善者たち』(2002年、文藝春秋)には「ダイオキシン猛毒説の虚構」は収録されておらず、従って引用した付記もない。このブログ記事は太田出版の単行本を対象に書かれている。